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東京高等裁判所 昭和62年(ネ)1号 判決

控訴人

須藤咲雄

右訴訟代理人弁護士

山本政雄

被控訴人

有限会社細川商事

右代表者代表取締役

細川武一

右訴訟代理人弁護士

並木政一

主文

原判決中、主文第二項に関する部分を取り消す。

被控訴人の各請求を棄却する。

訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

主文と同旨。

二  控訴の趣旨に対する答弁

控訴棄却。(なお、被控訴人は、当審において、本件訴えのうち、原判決主文第一項に関する抵当権設定仮登記に基づく本登記手続請求部分を取り下げた。)

第二  当事者双方の主張及び証拠関係

当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示のとおりである(但し、原判決四丁裏五行目から六行目にかけての「前記抵当権設定仮登記に基づく本登記手続を求めるとともに、」の部分、同五丁裏八行目冒頭から同六丁表一行目末尾まで及び同六丁表七行目の全部をいずれも削除し、同六丁表九行目の「本件」の次に「原審」を加える。)から、これを引用する。

一  控訴人の主張

1  本件不動産については、昭和四九年四月一六日に抵当権の実行のための任意競売開始決定があり、同月一八日にその旨の登記も経由されており、しかも、右競売開始決定は、被控訴人主張の清算期間の経過前になされた申立てに基づいてなされたものであるから、仮登記担保契約に関する法律(以下「仮登記担保法」という。)一五条により、被控訴人は、控訴人に対し、本件不動産につき、本件所有権移転請求権仮登記(以下「本件担保仮登記」という。)に基づく本登記手続の請求をすることはできない。

2  国税徴収法五二条の二は、担保のための仮登記のある財産が国税滞納処分による差押えを受けた場合について、仮登記担保法一五条一項を準用しているところ、本件不動産については、国税滞納処分による差押え及び参加差押えがなされており、その各登記も経由しているから、国税徴収法の右規定により、被控訴人は、控訴人に対し、本件仮登記に基づく本登記手続の請求をすることはできない。

二  被控訴人の反論

1  仮登記担保法一五条一項の規定の趣旨は、要するに、仮登記担保権者は債権担保を目的として仮登記をしているのであるから、その仮登記後に競売手続が開始された場合には、その手続に参加して優先弁済を受ければよいということであろう。ところが、本件担保仮登記は、競売手続の開始決定後になされたものであり、いわゆる差押え後の担保権の設定であるから、競売不動産の競売後は競落人に対抗することができず、同仮登記は職権で抹消されることになるのであり、仮登記担保権者は競売手続において被担保債権の優先弁済を受けることは全く期待することができない。従つて、このような競売手続の開始決定後になされた担保仮登記に関しては、仮登記担保法一五条一項の適用はないと解すべきである。

2  国税徴収法五二条の二は、担保のための仮登記のある財産が国税滞納処分により差押えられた場合の規定であり、本件のように国税滞納処分による差押えが先行し、その後に担保仮登記がなされた場合には適用がない。なお、本件においては担保仮登記の後に参加差押えがなされているが、これは、基本的には先行する差押えに対する交付要求の一態様にすぎないから、このような場合にも国税徴収法の右規定の適用はない。

理由

一請求原因1記載の事実及び同2記載の事実のうち控訴人と被控訴人との間で同(三)記載のとおりの合意が成立したことは、当事者間に争いがない。そして、これらの事実と、〈証拠〉とを総合すると、請求原因2記載の事実をすべて認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

二請求原因3記載の事実は、当事者間に争いがない。

三そこで、控訴人の抗弁1について判断するに、この点に関する当裁判所の判断は、次のとおりに訂正するほかは、原判決理由三(原判決七丁表一〇行目から同一〇丁裏一〇行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決七丁表一一行目から同丁裏一行目にかけての「前掲各証拠」を「成立に争いのない甲第三号証、原審における被控訴人代表者尋問の結果により原本が存在し、かつ、真正に成立したことが認められる甲第四号証並びに原審における控訴人本人及び被控訴人代表者各尋問の結果」と訂正する。

2  同八丁表一一行目の「抵当権登記」を「抵当権等登記」と訂正する。

四請求原因4(一)記載の事実は、本件記録上明らかである。

五請求原因5記載の事実は、当事者間に争いがない。

六ところで、被控訴人は、控訴人に対し、本件不動産につき、本件担保仮登記に基づく本登記手続及びその明渡しを請求するので、その当否について判断する。

1  まず、〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  訴外荻原清隆は、昭和四七年一二月二二日、控訴人に対し、金四五〇万円を、利息日歩金四銭一厘、損害金日歩金八銭二厘の約定で貸し付け、同日、控訴人から、同人の右貸借に基づく債務を担保するため、本件不動産に抵当権の設定を受けた。そして、右荻原は、同月二三日、右抵当権の設定登記を経由した。

(二)  右荻原は、右抵当権の実行のため、東京地方裁判所に対し、本件不動産の任意競売の申立をしたところ、同裁判所は、昭和四九年四月一六日、同不動産につき競売手続開始決定をなし、同月一八日、その旨の登記を経由した。

(三)  訴外練馬税務署は、昭和五三年九月一八日、控訴人に対する国税の滞納処分として、本件不動産の差押えをなし、同月二〇日、その旨の登記を経由した。

(四)  更に、右税務署は、昭和五九年三月一二日、控訴人に対する国税の滞納処分として、本件不動産の参加差押えをなし、同月一四日、その旨の登記を経由した。

(五)  そして、右(二)の競売手続並びに右(三)及び(四)の滞納処分手続は、現在でも存続している。

2 右1の事実と前記一、二及び四の事実とを照合して考察すると、次のことを認めることができる。

(一)  被控訴人が本件不動産につき本件担保仮登記に係る権利(以下「本件仮登記担保権」という。)の設定を受け、その登記(仮登記)を経由したのは、右1(二)の競売手続開始決定及びその登記並びに同(三)の差押え及びその登記のなされた後であることが明らかであるから、右競売手続又は滞納処分手続が存続している限り、被控訴人は、本件仮登記担保権の取得を右各手続の差押債権者に対抗することができず、また、右各手続において被担保債権の弁済を受けることもできない。そして、右各手続が進行し、競落人又は買受人が本件不動産の所有権を取得するに至つたときには、被控訴人は、本件仮登記担保権を完全に喪失するに至る運命にあるのである。

(二)  また、被控訴人が本件仮登記担保権に基づく予約完結の意思表示等をしたのは、右1(四)の参加差押え及びその登記のなされた後であることが明らかであるから、仮に右1(二)の競売手続が取消決定又は取下げにより途中で終了し、同(三)の差押えが途中で解除されるに至つた場合であつても、右1(四)の参加差押えが存続している限り、その効力(国税徴収法八七条参照。)により、被控訴人は、本件仮登記担保権の所有権取得権能を行使して本件不動産の所有権を取得することはできず(同法五二条の二参照。)、単に右の参加差押えに基づいて開始される滞納処分手続において抵当権に準じた優先弁済請求権を主張することができる(同法二三条、一二九条参照。)にとどまるのである。

(三)  一方、控訴人は、右1(二)の競売手続並びに同(三)及び(四)の滞納処分手続においては、その債務者であるとともに、その差押対象財産である本件不動産の所有者でもある。

3  そうすると、右1(二)の競売手続又は同(三)及び(四)の滞納処分手続が存続している限り、被控訴人は、控訴人に対する関係においても、右各手続上の効力による拘束を受け、本件仮登記担保権に基づく本件不動産の所有権の取得を主張することは許されず、従つて、被控訴人が本件不動産の所有権を取得していることを前提とする、同人の前記本登記手続請求及び明渡し請求はいずれもその理由がないといわなければならない。

七以上の次第であつて、原判決中、被控訴人の本件担保仮登記に基づく本登記手続請求及び本件不動産の明渡し請求を認容した部分(主文第二項)は不当といわざるを得ないから、これを取り消したうえ、被控訴人の右各請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官奥村長生 裁判官加藤英継 裁判官笹村將文)

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